アルモドヴァルの映画 talk to her

昨年のニューヨークフィルムフェスティヴァルはペドロ・アルモドヴァルの前作<オール・アバウト・マイ・マザー>が前兆のような映画、<Talk to Her >で閉幕した。
まだ歴史が浅い上にアメリカや日本で大きく報じられないこともあってほとんど知られていないヨーロッパ映画賞でこの映画は作品賞、監督賞、脚本賞の主要部門を総なめにしている。
独自路線を行くスペインの監督アルモドヴァルの新作には笑いを誘うサイレント映画「縮みゆく人間」から学んだ「縮みゆく恋人」の<握り拳サイズに縮んだ男が官能的な裸の女性の胸によじ登りヴァギナの入口に姿を消す>白日夢の場面がある。監督が物語の主人公たちが生きている天国と地獄の中間地帯を象徴するイメージの体現なのに気づく、ピナ・バウシュの<カフェ・ミュラー>の劇場での芝居じみた苦悶のダンスに感動して涙を流すジャーナリスト(旅行記者)、マルコ(ダリオ・グランディネッティ)で扉を開ける映画は前作に引き続き万人の琴線にじょうずに触れる円熟した大人の愛と死とまったくいまいましい不条理についての新たな探検だった。
筋書きは二人の男がその声を聞き入れることのできない女性に惚れる。どちらもコーマ状態にあり、身の上話がフラッシュバックで語られる戸惑うほどのシンプルさだ。
映画の登場人物で文句なしに素敵で精気に満ちているのがマルコの愛情の対象である女性マタドール、リディア(歌手のロザリオ・フローレス)だ。垂れ下がった黒くて長い巻き毛と相応の長い鼻の美貌の女性は闘牛場で猛烈な勢いの牛の角に突き刺されて病院へ、4年間ずっとコーマ状態の可愛い子、アリシア(レオノア・ワトリング)の隣に行き着く。 リディアが昏睡状態で横たわる病院でマルコは交通事故でコーマ状態に陥ったゴージャスなバレリーナ、アリシアのことをほとんどカップルと言っていいほど親密に看護するうわべはゲイの看護士、ベニグノ(ハヴィエル・カマラ)に出逢う。
映画の焦点はこの二人の男のありそうもない友情だ。この動かない女性たちに語りかけることが欠かせないことだとこの世界の無邪気なモンスター役であるベニグノがマルコに教える。女性の脳は神秘的なものだから、彼女たちは内面でその声を理解しているはずだと。
映画に欠かせない魅力となっているのがオマージュを捧げるため前作<オール・アバウト・マイ・マザー>でセシリアの息子の部屋にポスターを貼ったピナ・バウシュの<カフェ・ミュラー>と映画の扉を閉じる<炎のマズルカ>で、アルモドヴァルは実際にそれを見たとき「痛ましいまでの美しさに純粋な喜びからちょうどマルコのように泣いてしまった」と言っている。それに監督が大ファンのカエターノ・ヴェローゾの歌と演奏だ。アルモドヴァル映画の華の女優たちが観客に混じる「ククルクク・パロマ」のライヴはそれは優雅で、マルコじゃないが心にしびれる。
また映画にインスピレーションを与えたのが医学的にはあり得ない16年のコーマ状態から目覚めたアメリカ人女性の話と、死体安置所の若い女性の死体に惑わされた夜警の若者が性行為に至ると息を吹き返すルーマニアの死んだように見えても実は生きていたカタレプシー
という病気の女性の話、そして9年間脳死状態だったのに妊娠したニューヨークの女性の話などアルモドヴァルのメモに残るこの10年間に実際にあった忘れられない事件のニュースだった。
4つの異なった孤独感を明らかにする俳優たちは抜群だ。特にベニグノ役のカマラは私たちをショックでへたり込ませる。 アルモドヴァル映画はいつも私たちの倫理観やモラルが実に頼りないどうでもよいことに拠って立っているのを実感させる。
彼はまたひとつ忘れられない代表作を世に送り出した。 これは見逃せない映画だ。

▲参考資料:VillageVoice.com Nov.22 2002 RollingStone Nov.14 2002