ペドロ・アルモドヴァルという
           スペイン映画界の恐るべき子供


ある映画ではスピードを常用する母親が12歳の息子をホモの歯医者に売り、またある映画では自分の娘を妻だとする間違った信念から娘を日常的にレイプするコインランドリーの店主が重要な役を演じる。TV スターがシーア派テロリストの陰謀に巻き込まれ、自分のベッドに火をつけて睡眠薬入りガスパッチョを二人の刑事に飲ませノックアウトさせるのもあれば、トラをペットにするボンゴ奏者のレズの修道女がタイからのデカいヘロイン密輸を計画するのもある。このすべてがスペインの奇想天外なイメージの映画監督、ペドロ・アルモドヴァルの生んだ作品だ。
アルモドヴァルは馬鹿げた人間の行為のなかにある華々しさを映画にする。それは個人的判断を避けた人間のふるまいの調査で、キッチュ、メロドラマ、ファンタジー、猥褻なユーモアが入り交じるなかに表現される主人公が探し求める個人の自由がひとつの超現実から別の超現実の情況へと分別なしに突き進む。パート2、パート3やリメイク、受け売り、二流のコンセプトでいっぱいの映画界で、彼の映画は想像力に富んだアイディアからアイディアを駆け抜ける。おまけに彼の映画はとてつもなくおかしい。もし他の監督が彼の脚本を手がけたら悲劇的な映画になるはずなのを、彼は生命力と前向きな人生への愛で輝かせて私たち観客を一気に感情の潮流へと押し流す「ハートの歌」にした。妄想と不幸な性倒錯を焼き尽くす復讐と殺人に追いつめられる映画「欲望の法則」を見た後でも君は笑いながら映画館を出てくる。
1986年に独立プロという新しい手法で作った「欲望の法則」がスペインでの彼の人気を一段と高めてその地位を不動のものにした。スペイン映画界のバッドボーイとしてそのおどけた仕草が無数の雑誌の表紙を飾り、メディアの寵児として有名になる。世界的成功をもたらした「神経衰弱ぎりぎりの女」は彼にしては最もショック度の低い作品だったが、それでも性的なトラウマや無感覚な暴力、抑制された人間の実態で占められていてスペイン映画史でも圧倒的な総収入を売り上げる。88年アカデミーの外国映画部門でノミネートされ、アメリカだけで1200万ドルを稼いだ。ハリウッドがよだれを垂らして映画の脚本を買い取ったことを受け監督は、スペイン映画がハリウッドの基になるとは史上初めてのことだと笑った。
よく"トラッシュの法皇"ジョン・ウォーターズやシュールレアリストのルイス・ブニュエルと比較され、時々、画家ベラスケスとも比較される、かつてスペインの批評家に「無政府主義的な堕落した精神を作り出す」と攻撃された映画が今ではアルモドヴァルを祝福するものになっている。
スペイン、ラ・マンチャの搾取されたカトリックの両親という伝統を重んじる抑制された環境で育ったアルモドヴァルは、学校では神父たちから弄ばれて繰り返し性的に酷使される。独立できる年齢16歳になるとすぐにマドリードに移った彼は電話会社で働きながら余った時間にポルノ小説を書いてアングラ雑誌に投稿したり、装飾品を作って売ったり、絵を描き、風刺的な「アルモドヴァルとマクナマラ」というパンクバンドで演奏した。そのバンドは彼の初期の映画「セクシリア」に登場してベッド・ミドラーとディヴァインを掛け合わせた雑種みたいに見える容姿でノリノリなのを見ることができる。そしてスーパー8を買うと彼は正規の訓練を受けることなくアンディ・ウォーホルばりの短編を作り始める。カルト的でどこか素人臭くてポルノ的で性倒錯的な要素のあるものを。
その頃のマドリードは30年代から続いた独裁者フランコ将軍亡き後の、抑圧されていた創造力の開花期という黄金の時代にあった。 「1977年から82年には誰も彼もが服やレコードを作りたがった。どれも不完全だったが今に欠けているあふれんばかりのアイディアがあった」(監督の言葉)
89年の「アタメ」は孤立して環境にうまく適応できないジャンキーのポルノ女優マリーナとつい最近精神病院から解放されたばかりの男リッキーとの激しく露骨で無遠慮な結婚についての話だが、そのせいで生命力にどっとあふれ観客は無抵抗で感情移入させられる。それはもう魅力的なアントニオ・バンデラスが演じるリッキーがマリーナを誘拐してベッドに縛りつけ、彼女が彼のことを見つめ恋をするのを待つ。この人質とのメロドラマが本物の愛の物語になり、エンディングで最高潮となるコミックの要素がほとんどの観客を泣かせる感じやすい映画になっている。
アルモドヴァル映画の魅力は男性より女性に焦点をあててるところ、彼の女性描写は意外にも複雑で精密だ。最近の彼の映画を見るにつけ、彼が世界に売ってるのがブラックユーモアばかりでないことにいよいよ納得がいく。

▲アルモドヴァル作品:16ミリで一年半かけて製作した80年「Pepi, Luce,Bom and Other Girls on The Heap 」、スペイン国内でヒットした82年「セクシリア」、83年「バチ当たり修道院の最期」、84年「グロリアの憂鬱:セックスとドラッグと殺人」ヴィデオ発売、86年「マタドール・炎のレクイエム」、86年「欲望の法則」(80年代の傑作のひとつ)、87年「神経衰弱ぎりぎりの女たち」、89年「アタメ」、91年「ハイヒール」、93年「キカ」、95年「私の秘密の花」、97年「ライブフレッシュ」、99年「オール・アバウト・マイ・マザー」カンヌ最優秀監督賞
●TAMA- 7 掲載、FALL 1991