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コロンビアのクラブキッズ
メデジンの住宅地区にある今にも倒れそうな化粧漆喰の建物の中に隠れるようにラジオ局はある。外にバリバリ響く機械的に繰り出すビート音のベースラインにここの砕けやすい壁はそぐわない。金属製のゲートの内側に立つ武装した警備が過剰に思えても、去年の夏に強力な爆弾が国営ラジオ局の外で炸裂して100家族を襲った。
この国では全国1千百人の市長のうち463人が左翼ゲリラ FARC コロンビア革命軍などから脅迫されていて、222人が辞任、162人が首都ボゴタなどに避難している。ダウンタウンの歩道のパトロールやモールを出入りするクルマの下に爆弾探知機をそっと滑り込ませる軍の雑役に就く気色悪い幽霊もどきの男たちのパレードに国民は慣れっこになっている。この連中は中央に堂々とアメリカとその資金13億ドルのコロンビア計画なるものを加えた憲法上の政府とゲリラとの38年に及ぶ戦争の歩哨だった。
最近の和平合意の頓挫でブッシュ政権は新たにゲリラからアメリカ西部地区のガソリン用オイルパイプラインを護るコロンビア軍の訓練と武装のために9千8百万ドルの追加資金を申し出た。それにホワイトハウスは右翼の準軍事組織が牛耳る地域に備えた麻薬報復部隊の訓練も望んでいる。
しかし今夜、およそ暴力に近づきつつあるのは低音域の短気なズシンズシンだけだ。放送室内の主人は数台のマイクに2台の中古のTechnics 1200
とコンピュータ、DJ イラナ・オスピナのなめらかなプロの指さばきに周囲の目が釘付けになっている。29歳のオスピナはボゴタ生まれだったが今はニューヨークで暮らす。家族にフランス人がいるせいでラッキーにも彼女にはフランスのパスポートがあった。大部分の子供にとりその手の出口は選択可能なものではない。ビザの獲得は極めて困難なはずだし、たとえ政府のローンを利用してロンドンに留学できても、働くにはコロンビアに戻る条件がついた。
ここのクラブキッズはほとんど都会に限られる。誘拐のリスクがほぼ地方を通れなくするからだ。貧乏な子にとりゲットーに閉じ込められること、社会の際で生きるとは、殺人や爆弾や手当たり次第のギャングの暴力あるいは非合法の準軍事組織が雇う暗殺者に選抜される脅威などの姿をとった毎日の死の亡霊に対処することを意味する。オスピナのようなアーティストが呼び戻す質の音楽と、肉体とマイクだけという余計な機材を使わない質の音楽を共有することで彼らには救いが見いだせた。
ヨーロッパで5年やった後、アングラムーヴメントの情熱を煽る伝道師らしく96年オスピナは初めてパーティでプレイするためボゴタに戻る。今も彼女は都心のクラブから郊外の防備を固めた山岳のアフターパーティまで次から次へとタクシーで飛び回り、レコードで誘い込むハメルーンの笛吹男みたいに子供たちを引き連れ、メデジンのシーンを仕込むのに忙しい。「踊ることもそうだけど若い子にこのいい感じ、確かな感触を体験させなくちゃ」
評判とは対照的に樹木と太陽と笑顔でいっぱいのメデジンは美しい。今は亡き麻薬王パブロ・エスコバルと彼の悪名高きカルテルの故郷は人口約300万のコロンビア最大の都市だった。昨年は3千人が人質に取られ、世界のどこよりも高い誘拐のリスクと殺人率を誇る。この国では若い男はなによりも人の手にかかって死ぬものらしい。
いずれにせよ暴力をはらんだコロンビアの歴史がダンスフロアのパッションに密接に結びつく。巷に溢れるのはアフリカのリズムとヒスパニックの旋律にコロンビア土着の美しい響きの構成要素をミックスして全体を推進力あるバックビートが貫くダンスミュージックがありきたり。テクノ、トランス、ヒップホップなどの形を取る耳新しいダンスミュージックが素早い動きで若者カルチャーに吸収されるのはよくあること。それを証明するのがボゴタが誇る毎年恒例の40以上のバンドでもてなす3日間の野外フリーフェスティヴァル、ロック・アル・パークだ。「この国には踊る文化が常にある」とオスピナは言った。「国民は週末にはサルサやメレンゲを踊りに出かける。ここでは抑制がさほど重要ではないの。リズムがまったくベースのラテン音楽にはテクノとの相似がたくさんある」
問題は拳を振り上げるポーズが過ぎるNY の元市長ジュリアーニが多くのクラブを閉鎖したのに相似する午前1時には店を閉めるのを含む政府命令の厳しいガイドラインだ。それは暴力と飲酒の依存関係を抑制するどころか、本当の危険が潜むFARC
のようなゲリラや麻薬商人や右翼の準軍事組織が貧乏な村人を虐殺する森へ、郊外の秘密のアフターパーティへと子供たちをせき立てるだけのこと。この難局のまっ只中に閉店後の移動があった。
文化交換の媒体としてヒップホップを使うグループの創始者ヴァネッサは殺されるとかの問題がいっさいなく子供たちが音楽をコピーして雑誌を読みインターネットを利用できるヒップホップ情報センターをボゴタに設置する。「まったく違う文化だから才能は計り知れない。足りないのは出口ばかり。音楽シーンは爆発するのを待っている」
外は漆黒の闇。樹木が近づきがたい不気味な塊に見える森林のどまん中の2部屋続きのバラックがアフターパーティの現場だ。マリファナの一服が渦巻く中は人でぎっしり埋まっている。ヴァイブはクラブのそれより激しくて露骨だ。アルコールが口から口へと渡りジョイントが見知らぬ人のあいだで廻される。コカイン王国の中枢というので予想してたより群衆はコカインに甘くない。
前に押し寄せた女の子たちの目が輝くとオスピナの登場だ。
▲参考資料:The
Village Voice 6/12, 2002 朝日新聞8/30, 2002
●TAMA-32掲載、FALL 2002
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