人間の起源は?黒人だ!
キツい午後の太陽がシカゴのロバート・テイラー・ホームズに照りつける。8日前、シカゴ住宅建設局の警備員ジミー・ハイネスがこの地区をパトロール中に空き巣に撃たれて死んだ。ハイネスは昨年夏までにこの市で殺された犠牲者600人のうちの一人に過ぎない。連日蒸し暑さが続くサウスサイドでは週末に全員21歳以下の若者5人以上が金銭をめぐる喧嘩で撃たれて死んだ。その地区はネイション・オブ・イスラムの縄張りではなかった。
パブリック・エナミー、ラキム、プロフェッショナル・グリフ、アフリカ・バンバーター、KRS- 1 、ジャングル・ブラザーズ、ビッグ・ダディ・ケーンといったラップのアーティストは全員、ポップカルチャーに黒人中心主義、黒人民族主義、あるいはイスラムの見解を持ち込んでこれを披露する。それにアフリカ系アメリカ人歌手は自分のアルバムを神、または、牧師ルイス・ファラカン、イライジャ・モハメッド、マルコムX
、マーカス・ガーヴェイ、クラレンス13X 、カリド・モハメッド、ファイヴ・パーセント・ネーション、黒人ヌビアのイスラム・ヘブライ人、ムーア人のホーリー・テンプル・オブ・サイエンスといった神の代理人に捧げる。ラップ音楽はロックンロールの発明者が夢にも思わなかったような深い領域に突入している。
彼らの奇妙なバンド名はイスラム信仰のアメリカの分派とセクトへの忠誠を表明したもので、そのどれもがイライジャ・モハメッドが30年代シカゴに設立したネイション・オブ・イスラムの系統を引く。1959年、イライジャ・モハメッドは「海や空気を支配して太陽系外の宇宙空間の支配者であり大地の主人である、深海の底もうろつくことができるアメリカ政府が、ストリートの暴行やレイプや殺人で鬱蒼としたジャングルから私たちを守ることができないなんてとうてい信じられない」と書いた。
ブラック・モスリムにとり、イスラムの正義だけがドラッグ、貧困、そして暴力のせいで起きる絶対的な破壊から都会のアフリカ系アメリカ人を救うことができた。でも、ああいう挑発的に身構えた黒人の露骨な言葉からなるラップ音楽が彼らの正義を広めるための媒体になりえるのだろうか?
目下、アメリカで一番恐れられ罵られる男、牧師のファラカンは精神的リーダーとしてネイション・オブ・イスラムの支配者として、青年牧師プリンス・アキームのラップの功績を認めている。
ルイス・ファラカンはマルコムX の同輩、ルイスX
になる前にはヴァイオリンを弾いていた。ピアノを弾く兄弟とトリオを組んで魔法使いのカリプソ・ジーンと呼ばれるカリプソ歌手として働いた。70年代後半にはメッセージを理解させるのに音楽を使い、ネイションのために「白人の天国は黒人の地獄」というアフロジャズ風の歌をレコーディングしている。
人をうっとりさせる伝道者としての能力は徐々に培われたものだったが、ファラカンに関する報道記事はいつもヒットラーを「邪悪なる偉大な男」と讃える彼の考えを引用するもので、ユダヤ人とアメリカの黒人との痛烈な対立にばかり集中していた。昨年(91年)ユダヤ教ルヴィチ・ハシド派の大ラビの護送車が赤信号に驚いて黒人の子供に致命傷を負わせた事故の後の、ブルックリンの通りで勃発したユダヤ人対黒人対警官の戦いという一触即発の危機は長年に及ぶ憤りと偏見を煽る偶然のできごとだったにしても、ブラック・モスリムにとりそれは神からのメッセージだった。
プリンス・アキームのアルバム<Coming Down Like Babylon >の裏ジャケットにそびえるシカゴ復活の象徴、ジョン・ハンコック・センターは「新世界秩序」の出現を描いている。湾岸戦争後、ファラカンはジョージ・ブッシュ(パパのほう)に返答するためオハイオでレクチャーを行った。そのなかで「新世界秩序の時が来る。旧世界は新世界と衝突することになるが旧世界が生き残ることはないだろう。それは別のものに道を譲らなければならない」と主張した。これはますます増える黒人の子供たちを誘惑する脅しの類の予言だ。特に黒人の若者の人生はファラカンの雄弁術のパワーによって別の人生に変わっていた。
マリファナのヘビースモーカーでボブ・マーリーにのめり込んでいるマーロンX は仲間の一人にモスクに行こうと誘われてモスクで牧師の話を聴いた。「ボブ・マーリーの教えの多くがイスラムのものだった。モラル、主義、正義、そして人生を与えてくれた」
「大抵の若者は"やるならいつだっていいぜ"という構えのやる気を抱いてストリートから消えていく。だからオレたちはその後ろ向きのやる気を前向きに変えてエネルギーの全部をそいつに注ぐ」
ネイションの社会事業のプログラムはギャング戦争とドラッグ漬けになった個人のための完璧なリハビリと黒人コミュニティの経済的独立、そして当然よしとされている他の人種からの離脱だ。ことによると、ネイションによって訓練されたイスラムの規律の厳格さは腐敗が加速する黒人の自尊心には最高の救済策かもしれない。また黒人の経済を築くことは緊急に必要なこととして誰からも受け入れられている。
ネイションが堕落だと認めるような振る舞いを許す60年代に登場した分派、ファイヴ・パーセントの仲間のシンボルと言葉が今ではFOX の連続放送コメディのような主流のTV
番組で容認されている。スパイク・リーの映画<マルコムX >の登場でアメリカは割増した距離を進まされる。拒絶した歴史を受け入れるとか、メディアの歪曲と政治的ごまかしのせいでタブー視されてきた信念や行動に慣らされるとか。またそれをブッシュが進めるとか。世界は変わる。あの反ユダヤ、反黒人だったウォルト・ディズニーの会社ハリウッド・レコードがアキームのアルバムを録音したユダヤ人と黒人が所有するレーベルの発売元になるくらいに。
▲TAMA- 8 掲載、1992
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