グルー・バンギ・ミラー From Kenya
Yoshiko Yamaguchi

●つまり、日本にだって薬やる奴らっていうのはいるわけなんだけど.....法則ってものがあるから、そんなのでだめになっちゃってる人間を目の当たりにしないですんでるんだよね。自分を少しづつ潰していく人たちを指をくわえて見てるっていうのはやーな気分です。そうでしょ?

●ケニアにはストリート・チルドレンがたくさんいます。ケニア人は彼らのことをチョコラと呼んでいる。チョコラの中にはグルー(接着剤)を小さな容器に入れて数十秒おきにその容器を口と鼻のところにもっていっては吸いながら歩いてる子がいる。ナイロビのダウンタウンでもキスムという港町のバスターミナルでもそんなチョコラが文字通りふらふら浮いてるみたいに歩いてるのを見た。
まだ7歳か8歳くらい。もう両目なんか閉じちゃって、夢見てるみたいだった。でも、ムズング(ケニア人が東洋人も含め白人を呼ぶ名前)である私を見たらちゃんとそばに来て「シリンギ」と訴えた。
ケニアの通貨はシリング。5シリングあればバナナの1本も買えるだろうからといって何シリングかあげたところでチョコラはグルーを買ってしまうだろう。だからチョコラには食べ物を買って与えてもお金はあげない。私はそう決めてる。
実際のところ、チョコラにはちゃんとした食べ物なんてないんだ。彼らはお腹がすいていて、私がお金を持ってるムズングでも、私には何にもできない。
7歳でもうあんなグルー漬けになっちゃってる脳みその子に将来なんてないだろうなと思うんだけど。グルーを取り上げたところで他に何があるっていうんだろう?ケニア人の友達はこう言った。「彼らは腹が減ってるんだ。食べる物はないし、まともな生活もない。痛みを和らげるためにグルーを吸うしかないんだよ」
What can I say?
チョコラのための施設みたいなものも色々あるにはあるが、最近ではチョコラの数が増えてしまいとても追いつけないと言っているのを聞いた。

●バンギはマリファナのこと。一応イリーガルのはずだけど、みんな簡単に手に入れてるみたいだなー。シティ・マーケットを歩いてたら変な日本語で「マリファナあるよ」と話しかけられた。やる人はat your own risk でやって下さいってことかしらね。
ケニアに来て、マリファナやってるのが見つかっちゃったザイールのミュージシャンは牢屋に2年ぶちこまれて、すっかりおとなしい人になって出てきました。
ケニアの刑務所はひと昔前の日本のそれみたいに厳しい生活状況のようだから、牢屋で死んじゃった人の話とかも聞くけど、大変そうだ。

●ミラーというのは草の一種で、メルーというナイロビ北方の村で作っているらしい。メルーより北にあるイシオロという街で2泊したときのこと。「街は24時間起きている」と言われた。ミラーをやって幻想に耽る人たちが一晩中楽しんでいるってことらしい。
普通ケニアの街は夜はおとなしい。店は5時過ぎには閉まり、人々は早々に家に帰るのだ。日本のように残業してるオヤジとかファミリーマートはないのだが、イシオロの夜は活動している。
人々は街の中に座り込み、ミラーの茎や葉を噛み、口の中で牛みたいに反芻しているのだ。この人たちは夜こうして起きてるため昼間は眠い。そして昼もやっぱりたくさんの人が街の石段や建物のポーチに座り込んでミラーを売ってたり、ぼーっとしてたりする。
街を歩いてた私にひとりの男が近寄ってきて、にこにこしながら私の頬をなでまわそうとした。一緒にいたケニア人のディーダ氏が「私の娘に何するんだ!」と怒ってくれたが、男は相変わらずにこにこしていた。他の人たちが「彼は気がふれてるんだよ。気にしないでくれ」と私に言った。
しばらく行くと、老女が物売りの女性にけたたましくまくしたてていた。何の喧嘩かと思って見ていたら、老女はひとりになってもその調子でずっとわめきながら歩いていた。そう、西武線で新宿に向かう時にもこういうおばさんって時々いたよね。その地域出身のディーダ氏が「イシオロは気がふれてる人の率が高いんだ。きっとミラーのせいだと思う」と言った。
そして「チューイング ミラー ホープレス」と言った。

●ママガババは成人識字クラスの教師をしている。小さな土地を持ってるママガババはある日、親戚の男に聞かれた。「君の庭でミラーを栽培してみないか?きっといい金になるよ」
ママガババは「あたしはいやよ。人の生活や家庭を壊すビジネスはしたくない」ときっぱり答えた。彼女がやらなくてもミラー・ビジネスを望む人はたくさんいるのだ。

●グルーをやるチョコラが何もない現実から逃れるためにグルーをやるのだとすると、ミラーをやるイシオロの大人たちは何を求めてるんだろう。
ママガババもディーダも「この人たちは人生を浪費している」と言っていた。働くべきときに眠り、眠るべきときにミラーをやり、最後には狂ってしまう人生って一体何なんだろう。でも警察がやめろと言うわけでもないし。
私は街に一日中座り込んでる人たちを見ながら『人間の尊厳』なんてこんな所で考えても無駄なんだろうなーと思うしかなかった。
そりゃ、人生の意義なんて誰にも答えられないけどね。それにここにいるとお金がないって話ばっかりで世の中に怒ってるというのもなんだか余裕のある話に思えてくるんだ。

●YOSHIKO YAMAGUCHI : 3年以上に及び少数部族といわれる言語グループの識字教材製作という名目の下ケニアとその周辺諸国をうろうろした後、昨年夏よりLA に留学中。
●TAMA- 21 掲載、1997年HOT