女性の割礼 From Kenya
Yoshko Yamaguchi

アフリカ人の男たちが割礼を成人式がわりにしているのは知っていた。
ケニアで割礼をしない民族であるルオー族は、他の民族から侮蔑を意味する言葉として「割礼をしない子供」と呼ばれることがあるそうだ。衛生設備、からだを毎日洗う水なんかがとても少ない地域だってたくさんあるアフリカだから、男性の割礼っていうのは恐らく衛生的にも意味があるものなんだ。
昔は古いカミソリの使い回しやなんかで行うことも多かったが、最近ではエイズ感染の恐れもあって、病院できちんと消毒された器具で割礼する人が増えている。 ケニアではね。

『女性の割礼』ってのを聞いたとき、「え?どこを切るの?」って思った。だって切除して意味あるモノなんてあると思えなかったんだもの。男はほとんどの民族がするのに対し、女性が割礼する民族は多くはない。
女性が割礼しないルヒヤー族のソンガに「女の割礼ってどうやるの?」って聞いてみた。すると私のデスクの上の飲みかけのマグカップを手に取り、カップの上のところを手でフタをするようになでながら「こういうふうにつるんつるんにすんのよ。全部取っちゃうの」「つるんつるんだからねー、つまんないわよ」と言って、行ってしまった。

友達のママムサと話してたときのこと。「あたしの美容院にキクユ族のおばさんが毎日怒鳴り込んできてまいっちゃう。旦那がうちの店の女の子と浮気してるからぶっ叩くって言って来るのよ」
ママムサはルヒヤー族だ。「うちの女の子、ルヒヤーでしょ。おばさんキクユだからね。キクユの奥さんとじゃつまらないんだって」
さっぱりわからない。 「だからー、キクユの女は割礼してるでしょ」

次に友達のキンディキ君のおばさん、グレースと話してたときのこと。グレースは看護婦兼助産婦でいろんなことを知ってるんだ。ママムサの話が知りたくてグレースに聞いてみた。
「女の割礼ってさ、どうなの?」グレースは図に書いて説明してくれた。キクユは女性のクリトリスを切除してしまう。そのせいでキクユの旦那は割礼してない女の子に手を出したという話だった。
そういえばグレースもキクユの隣接民族で文化的にはほぼキクユと同じと言われてる民族。もしかして?
「やーだ、ヨシコ、そんなことは聞いちゃいけないのよ」「でも、私も割礼してるの。私はね、自分の娘には絶対割礼受けさせないわ。あれは百害あって一利なしよ。私が子供の頃は回りの女の子たちみんな受けてたし、そうするのがいいことだって聞かされてたからね。でも、とんでもないこと。ひどいことなのよ」と話してくれた。

ナイロビに戻って病気になった私は、小さなクリニックの待合室で印刷の悪いケニアの医療雑誌を見つけて読んでみた。そこに『女性の割礼』ではなく『女性性器切除』という見出しで記事があって、女性性器切除は今でもアフリカ、特にスーダンやソマリアなどでたくさん実施されており、女性の人権のためになんとかしなければならないと書かれていた。
多くの場合が衛生的な器具などなく、錆びたカミソリやナイフの使い回しであることも少なくないので、そこから炎症を起こして病気になり死んでしまうこともある。私がもっと恐ろしいと思ったのは、全部切っちゃった後、糊みたいにくっつく植物の樹脂を患部に塗り付けておき、傷が乾くまで両足をそろえたまま動かないように足を縛っておくってこと。傷がすっかり乾いた後はソンガが言った通り、つるんつるんの何もない状態。必要最小限の小さな穴が残るだけ。
結婚して性交渉を持つときは、ナイフで再び切り裂かねばならないことも多く、夫婦生活は拷問以外のなにものでもないじゃないか!と私は思った。グレースも言ってたけど、出産するときも大変だそうだ。こんなひどいことしかない習慣が、なぜまだ続いているんだろう。
今でも多くの人々、しかも女性が割礼は伝統的にいいもの、必要なものだと教え込まれ、信じている。特に教養のない人々が他の情報や視点を受け入れるのは難しい。今まで欧米などのNGOがこれの廃止を願っていろいろ言ってきたが、所詮「よそものがよけいなことを言って」と思われてきた。
でも、ケニアのラジオの子供の人権を扱う番組で、キクユの教養あるおばさんが「これは児童虐待です。一刻も早く廃止すべきです」と訴えていたし、日本のTVでもそのことが世界的に扱われてるのを見たから、だんだんに変わってはいくだろう。 ケニアのラジオのおばさんは英語で喋っていた。スワヒリ語局でやってたとしても、みんながスワヒリ語をわかるわけじゃない。最も就学率が低く、最も貧しい地区はスワヒリ語なんて全然わかんない人ばっかりで、結局、そういうところに伝統的なモノが根強く残っているのだと思う。

▲女性の割礼とは、陰核を切除したり陰唇を切り取るか縫合する手術のこと。アフリカでは少なくとも22ヶ国で約1億3千万人の女性が性器切除を受けている。少女や幼女の数は年間200万人にも及ぶと言われる。人権団体アムネスティ・インターナショナルは先頃、性器切除を人権侵害と認定、欧米諸国ではこれを亡命の理由として認めるようになってきている。ケニアの16歳の少女は「性器切除は危険だと思っているけど私たちの文化だから仕方がない」と語った。 (NEWSWEEK aug.1996より)
●YOSHIKO YAMAGUCHI:ケニアやその周辺諸国で識字のボランティア活動を3年以上にわたり続けていたが、現在はLAに留学中。
●TAMA- 20掲載、1996年CHILL