HIV 蔓延にこんな好条件なところはない
南アフリカ、カールトンヴィル


ノムサ・モゲバは二人の子供を連れトラックに乗り込むと運転手に降りろと言われるまで乗り続けた。もう大丈夫、ここまで来れば最初の子供をレイプしたファミリーの強力メンバーは追ってこないだろう。
道端に子供と残されたモゲバには金もなければ夫もいなかった。

彼女が落ち着いたのは8兆円にもなる量の金(ゴールド)を地球から搾り取る東ドリエフォンテイン金山から歩いて10分の不法居住者キャンプ。他の150人の女性同様モゲバは炭鉱労働者に身体を売ることでその富のおこぼれに預かる。相場は20ランド(約360円)時々モゲバは5ランドで客をとった。
貧困につかまるモゲバのような女性はアフリカのどこにでもいる。でも南アフリカの金採掘の町ほどこの職業に好都合な条件のところはない。 アフリカ南部全域から出稼ぎにやって来る炭坑夫は6メートル四方の狭い部屋を12人かそれ以上でシェアする男専用の宿泊所に収容される。月一度の週末に家族の元に帰る余裕などないのが大部分で妻や恋人から離れて暮らすことでセックス商売が繁盛する、それにHIV もだ。
東ドリエフォンテイン金山がある町、カールトンヴィル周辺の炭坑夫の27〜41%とモゲバのいる不法居住者キャンプ、いわゆる歓楽街の女性の三分の二がHIV 陽性だった。 最近発表の統計値、南アフリカの妊婦の30%前後が感染している事実にもたまげるが33%という前年度からの感染者の増加率には肝を潰す。
いや実際、世界でも南アフリカほどHIV が急速に流行する国はなく、中でもカールトンヴィル一帯は最も的中率の高い所と見なされる。そこは、なぜエイズがこんな急速に広まり得たのかを理解する鍵につながった。
ウイルスの広がりについて移住労働者の影響を調査する科学研究者マーク・ルーリーは「もしセックスで伝染する病気を広めたいなら、大勢の若い男性を家族から引き離し、男性専用の宿泊所に隔離してアルコールや売春に近づきやすくさせる。そうして国中に病気を広めるために時たま妻や恋人の元に帰してやる。それがそもそも鉱山業で食ってる私たちの制度」と移住労働者が爆発的広がりにいかに火を注いでいるか説明する。

金山を理解しないで南アフリカを理解することはできない。他のアフリカのどこより国の経済を上向ける南アの金山はヨハネスブルグを取り巻く盆地の景観をすっかり変えた。地下5キロの深さまで掘り下げた広大な迷路、そこにあった土のばかでかい塊、てっぺんが平らな丘がそこの特徴だった。
トン単位の土を掘り返して得るのはたった数オンスの金。大量の土を動かすにはたくさんの労働力、それも安価な労働力がどうしても必要だ。
なぜ鉱山業が次にはアパルトヘイトへの道を容易にする過酷な移住労働者制度を強要するかこれが説明だ。
1886年金が発見されるとすぐに採掘技術と経験から雇い入れられた白人労働者は黒人を彼らの比較的高い賃金の脅威と見なして組合を作った。組合は産業界を力でねじ伏せると政府にColour Bar (色の差別)を採択させ黒人に熟練仕事を禁止する。それは熟練工でない黒人の賃金カットを容易にさせるだけのこと。家族に家をあてがうには金がかかり過ぎる、そこで黒人労働者を孤立させて安く働かせるのに都合がいい採掘の町に永久に移住させた。
絶頂期にはタンザニアほど離れた北からも大勢雇い入れたこの移住労働者制度はアパルトヘイトばかりか他の災難の根拠のお膳立てをしてきた。
半世紀以上前に金山の出稼ぎ労働は梅毒・淋病・他の性行為で伝染する病気の流行の発生源との詳細な記録が残る。もちろん要因はこれだけではない。貧困、貧弱な健康配慮、文盲、女性の力のなさもこの地域の特徴だ。鉱業関係者と産業連合の医師は補助的要因を指摘して移住労働者制度の影響を軽く見る。
国のすぐれたエイズ研究者の一人サリム・アブドゥル・カリムは、まだまだ安定期には到っていないこの国の流行を駆り立てるエンジンが他の国のただの貧困とセックスだとは絶対に見なさない。現にウイルスを遠く広くばらまく移住生活は家族と社会の結束力を弱め、性のパートナーを益々増やすことにつながっている。それが流行を下から支え燃え上がるのを助けた。  

地下700メートル、木の階段をさらに下に降りていくと機械のうなりが耳を聾するようになり、ここがまるで水中のように思える濁った暗がりにゆっくりとノイズの原因が見えてくる。4人の男が実に強靱な岩に油圧ドリルを突き立て爆発物を入れる亀裂をくりぬいていた。
地下は華氏90度まで上がる。怪我を避けるのに、穴一個あたりのボーナスを稼ぐのに神経を集中させねばならない。難聴はもちろん、絶えず落石、地下なだれの危険がつきまとう。
毎年約2%の鉱夫が二週間以上仕事を休む怪我をする。97年には5千7百人以上が負傷、その279人が死亡した。そんな危険が鉱山労働者にコンドームの着用を納得させる努力を無にさせる。毎日頭にでかい石が落ちてくるリスクが彼らにはある。それにまた病気になるまで10年ちかくも体の中にいて目に見えないウイルスという全く異なった認識のリスクもあった。

ストレス、危険、寂しさ、プライヴァシーなき宿泊所のせいで町のマルチェロズのようなバーは活力を爆発させる鉱山労働者でにぎわう。昼間地下に潜り爆発物を仕掛けるダニエルはビールと仲間とサッカー観戦のためにバーに来る。
でももちろんここは女を拾う場所だ。通りの角にあるプレジデントホテルは部屋代+ビール+売春で70ランドと高めだ。余裕のない人は「ベッドルーム」と呼ばれるセックスワーカーの群が客待ちして過ごす無料の草と低木の野原にのんびり歩いていけばいい。そんなオープンエアー売春宿がどこの採掘宿泊所のそばにもある。地方出身の貧しい女たちが鉱山労働者は「金が入ったかご」を持ってると信じているからだ。
▲VILLAGE VOICE '99
●TAMA- 26 掲載、2000 SPRING