ティム・バートン:超現実的な視覚世界から来た少年

歴史感覚もなければ文化感覚もなく、音楽が好きという感覚さえない郊外に育ち、社会からまったく取り残されて順応しない内向的な少年がハリウッドの一流監督になった。
ティム・バートンはハリウッドでも変わり者で順応できないアウトサイダーだが、金を、それも大金をさっと稼ぎ出すせいで容認されている。バートンの映画は本物の人間が動き回るおとぎ話のイメージと概念的なアニメ漫画の冒険で、ディズニー・スタジオのアニメーターとしての試みから始まっている。
ほとんどの時間を物置の中に隠れて過ごしたとバートンが認めるディズニー時代に子供の頃のヒーローだったヴィンセント・プライスのための短編アニメ映画を監督する。その映画には「メトロポリス」に似た傾向がはっきり現れていて、当時23歳のバートンにはすでにたくさんのファンがいた。そのひとりが、ピーウィ・ハーマンになるポール・ルーベンス。驚異的な低予算で作られた「ピーウィの大冒険」が大金を稼ぎ出してバートンをハリウッドの大リーグに入れる。口の悪い幽霊とハリー・ベラフォンテの歌に踊らされる「ビートルジュース」も大当たりしてカルト映画になった。
彼の映画の魅力は人間の魂の暗闇を探検して隠れた人間の本質を引き出すデイヴィッド・リンチに近い。リンチの世界が巧妙な大人のものだったのに対し、バートンのは現代的な郊外の住人の現実と危険な幻想から刈り取られた突飛と奇怪が交互に現れる、ひねくれたコミックの子供じみた浮かれ騒ぎではあったが。彼の視覚世界はハッとさせられるほど異質で感動するほどユニークな不合理と日常性、幻想と世俗的なものとの継ぎ目のない衝突のなかにあった。そんな彼の特異体質的な感受性が主流の感受性に受け入れられて、大衆の愛を獲得する。
初めて映像で自己確認ができた作品とバートンが認める「エドワード・シザーハンズ」では郊外の魅力をジョン・ウォーターズと共有する。「シザーハンズ」は類別と、郊外と順応に拒絶するイメージとその理解で、「ものすごく早い時期に確定事項に順応するよう教えられる社会のやり方に抵抗する」(バートンの言葉)映画だ。
「アートスクールでの経験を思い出すね。描くことが人生だとすっかり思い込まされていて、こう描かなければいけないってあがく。でもある時、カチって頭のなかで弾けた。好きなんだったらそんなのどうでもいいじゃないか。人間の外観に似てないものを創造しようと、それを他人が好きじゃなかろうと。その瞬間から僕は自由という確かな感覚を持つようになった。それは、ある手応えのある自由を維持しようとして僕が毎日闘うことだと思ってるけどね」

▲「バットマン」には親近感を持てなかったバートンは次の「バットマン2」をより純粋でなおかつ異質なものにしようと挑戦する。
●TAMA- 7 掲載、FALL 1991