F1 :

スピードではインディ500レースに劣り走行時間ではル・マン24時間に及ばないF1(フォーミュラーワン)がモータースポーツの頂点にあるのは0.1秒の遅れといえども取り返しのつかない厳しい世界の中で極限に挑む男たちのスピリットを見ることができるからだ。
F1 はビッグビジネスでもヨーロッパの持つ伝統とその潜在的能力に支配される政治的なスポーツだがF1 を包み込む文化、ダイナミックで自立性の高い豊かなライフスピリットに裏打ちされたチャレンジングスピリットと感動や躍動感によって築き上げられた精神世界がレースそのものを限りなく高めていた。それと躍動するマシーンだ。
1986年、快進撃を開始していたホンダ・エンジンに対し脅威を感じた伝統を誇るヨーロッパ勢のあいだからターボエンジン規制の動きが起こったことがあった。パワーとスピードの向上がドライヴァーの安全性を脅かすというナンセンスな論理からだ。世界中のモータースポーツ界を牛耳るバレストルFISA (国際自動車スポーツ連盟)会長はエキサイトのあまり「F1 にイエローはいらない」と差別意識をあからさまにした。
当時ホンダF1 チームの総監督を務めバレストルに食ってかかった桜井淑敏は「F1 にはすべての感動に共通するなにかがある。それは文化の本質である知的な精神性と大胆で揺るぎないスリル、アートと並ぶひたむきな美しさが一体となったサーキットを取り囲む雰囲気で、こういった感動を育む精神文化が日本にはない」と語る。
「F1 は各国・各民族の産業社会すべての実験場。技術戦争に勝利を収めた瞬間、目の前に壮大な<文化>という山が現れた。日本はもっとスピリチュアルなものを目指していかなければいけない」 彼が当時先端にいたセナやプロストと話すことは日本人の精神面の未熟さだったと言う。

▲TAMA- 4 掲載、1991 ●ファーストテストワン:桜井淑敏著1989 けい文社