BRIAN ENO :

ブライアン・イーノは20世紀後半の音楽におけるルネッサンスマンだ。
多くのイギリスのロックミュージシャン同様にアートスクールで磨きをかけ70年代を代表する大物グループ、ロキシーミュージックを73年に離れると気まぐれなロックの探究者に絶大な人気を誇る天賦の才のプロデューサーに向かってコンポーザー&アレンジャーそしてエレクトロニクスの奇才としての役割を発展させていく。
デイヴィッド・ボウイのアルバム<Low ><Herores >ではベルリンの持つ「冷戦」のイメージを吹き込み、トーキング・ヘッズのアルバム<Fear of Music >ではグループの感性を開発して80年代のジャン・コクトーと呼ばれるデイヴィッド・バーンと組み驚異的なアルバム<Remain in Light >を放つ。これが時代を「ワールドミュージック」へと導くエポックとなったばかりかアフリカの音をベースにした二人のコラボレーション・アルバム<My LIfe in the Bush of Ghost >は大陸のあふれんばかりの音とそれらをドラマティックに再生した幅広いコレクションになった。
そうしてU2 のアルバム<The Joshua Tree >では巨人化したロック界になぐり込みをかけた。
一方でイーノは75年の交通事故による入院体験以降アンビエント・ミュージック、環境を取り巻く音楽という革新的なコンセプトの開発も始める。空間創造の質感としての音楽というコンセプトは一種の宇宙時代のムード音楽みたいなもので、映画<宇宙へのフロンティア>のサントラでもあるアルバム<Apollo >ではアポロが飛行する宇宙空間、神秘と奇跡のアトモスフィアをリスナーに提供した。
また「光と音の建造物」とイーノが表現するサブリミナル(意識下の知覚)の境界を刺激する音と映像のインスタレーションや絵画のような働きをするほとんど静止したヴィデオアートへの挑戦など精神医学の音響上の直感力やその豊かさへの投資も惜しみなくする。
そして91年、初期のアルバム<Talking Tiger Mountain >のようなイーノのヴォーカル時代のファンには待望の13年ぶりに彼がヴォーカルをとってるジョン・ケージとのアルバムを発表する。ある日突然に起こった気分の転換(家族が増えたことに由来する)がこの<Wrong Way Up >という最高にハッピーなアルバムを生んだ。 日本経済新聞のインタヴューでは人間の知性が昆虫のそれに近づいていると指摘。世の中が複雑になり集団としての知性しかなくなってきていること、進化の行き着いたところが結局は昆虫に戻ることだったという意識として彼は最近ロンドンで昆虫の音とラジオのチューニング音をミックスした音楽を演奏した。
静的な状態と動的な状態の中間を表現したいとする「アンビエントの父」イーノのニューアルバムは歓喜にあふれるニュートラルな公園のようにすがすがしい存在でありハッピーな精神性を取り戻すライフの転換を予感させる。90年と91年エミー賞を獲得したアメリカのTV シリーズ<たどりつけばアラスカ>のあるエピソードではこのイーノのヴォーカルで登場人物たちを踊らせた!きっとヴォーカル時代のイーノのファンが番組に関わってるに違いない。

▲TAMA- 4 掲載、1991 ●WRONG WAY UP :ENO/CALE Opal Records 1990

ロキシーミュージックの初期のメンバー、アンビエント音楽のパイオニア、D. ボウイ・トーキングヘッズ・U2 のプロデューサー、ヴィデオ作家、世界的なアート遊牧民、流浪するイギリスの知性、おかしなアヴァンギャルド独演者などなど...... ブライアン・イーノが今年3枚のアルバムを発表する。すでに発売済みの<Nerve Net >に続き待機中なのがアンビエントな内容の<The Shutov Assembly >そして3枚目は<Wrong Way Up >が大のお気に入りのファンには待望のコレクションになりそうな内容だ。
この間イーノはローリー・アンダーソン、ピーター・ガブリエルらとバルセロナに建てられる「人間がアーティストになれる」テーマパーク計画にかかりきりだった。
もう何年にも及び報道機関から徹底的に酷評され続けているイーノにしてみればクソったれのメディアに「それ見たことか!」と言ってやりたい思いだろう。 ゴルチエのジャケットにアラブの靴、下着はなんとルーマニア製。「男性の下着はこのルーマニアのを除けばどれも僕には小さすぎる。とても不細工な作りだが、たったの2ポンドで買えて永久に破けない。残りの人生を想定してセットで15枚購入したよ」
イーノの理想の世界とは?
「精神の後退を意味する時代遅れな質問だね。世界の安定だとか理想的な関係という確かな流れのなかで世界は安定するという考え方が時代遅れなんだよ。僕みたいなポストモダン主義者には理想の世界って考えは意味をなさない」

▲TAMA- 11 掲載、FALL 1992
●ブライアン・イーノ:エリック・タム著1989 水声社  
A YEAR ブライアン・イーノ:イーノのE メール日記1996 PARCO出版