LYALL WATSON:

私はひとり旅が好きである。ときおり感じる寂しさも自分の好きにふるまえる解放感が補ってあまりあると思うし、見たところひとりの旅人に寄せられる親切や好奇心もそれはそれでなかなか捨てがたいものがある。
「見たところひとり」とことわったのはその孤独が幻想でしかないからだ。
私たちはみんな、どこに行くにも自分以外の生き物がおりなす複雑なエコロジー(生態系)を引き連れていて、道連れの数たるや地球上の全人口を軽く上まわる。驚くほど多種多様な動植物が棲みつき、棲み分け、間借りし、占拠しているのが私たちの身体なのだ。
エコロジーとは相互に依存し合って生き、作用しているシステム。なのに外のさまざまなカビやバクテリアの侵略から私たちを守ろうと日夜励んでいる肌に自然に棲みついた微生物を殺すか弱らせることを目的としたデオドラントや制汗剤などを私たちは毎日平気で吹き付けたり塗りたくる。旅に出て、通常の慣れ親しんだ環境を離れ感染症を引き起こすさまざまな異物にさらされたとき、衛生への過度なこだわりがかえってあだとなる場合がある。
20年前、サハラ砂漠のまっただ中で故障したクルマのかたわらでなんとか命をつないでいたときのこと。最初の2週間は不快きわまりない状態に陥った。身体は汗と垢にまみれてごわごわになり強い異臭を放ち始める。ところが3週間目も終わるころ状況が一変した。突然なんの臭いもしなくなったのだ。石鹸や毒性のある化学製品に蹂躙されることもなく、実に平和な3週間を過ごしたおかげで自然に分泌される油脂と土着のバクテリアとがほどよい均衡をさぐりだし、自力で自分の住環境を管理しはじめたのだ。肌と髪があれほどつやつやして健康に見えたことは後にも先にもこのときだけだった。
冒険的な旅行者がとりわけインド、アフガニスタンなど、熱帯地方を旅するときに直面する大きな問題は腸の病気だ。あるとき扁形動物の生態に関する記事を読んでいて私はまったく偶然に念願のものを発見する。寄生虫の一時的な主になることでどうやっても完治しきれないアメーバ赤痢から守られる!これに奮起した私はサナダムシをひとつ所望しにロンドン熱帯衛生学研究所の門を叩いた。そして6週間後ついに私は丸々と成熟した、じきに「フレッド」の名で親しまれるようになる一匹のサナダムシの誇り高きオーナーになる。
それまでにも何回となく訪れた中東やインドをめぐる旅に出た私は、長い体験のなかでも初めて一度も病気に罹らなかった。手当たり次第ありとあらゆるものを好き勝手に食べ、ガンジス河の水を直接飲むということまでしたのにである。フレッド以後、メーベルがアフリカに、ハリーがメキシコに同行してくれた。この道連れは多いに越したことはない。

◆MONSOON by LYALL WATSON '94(TAMA- 24 掲載、1999 SIZZLE )