TONGLEN :

6月にオーストラリアで開かれた「科学と精神についての国際会議」はチベット仏教と現代科学の接点に踏み込み、科学では謎のままでも実際に有効なことが明らかになっているチベット人が様々な分野で実践してきた技法を探る試みだった。
オーストラリアの生理学者ペティグリューがその体験を驚きで語る麻酔のように痛みを感じなくさせる「トンレン」とは、チベット仏教徒が麻酔の発見より800年も前に開発した瞑想法だ。やけどのような他者の痛みを思い描いてその苦痛を引き取ることで自分自身の痛みが消える(「チベットの生と死の書」より)。この技法の達人は負のエネルギーを世界から受け取り、正のエネルギーに置き換える。
ペティグリューは西洋科学に東洋の内観法という瞑想の技術を取り入れれば脳の働きへの理解が深められ悩み苦しむ人々を実際に救うことができると考える。特に神経科学の研究が本格化して50年が経つのに精神病の苦痛の緩和に役立つ技法は50年前のままだった。2020年にはガンでも心臓病でもなく人間が抱える最も厄介な病は鬱病と言われる。
ペティグリューは「チベット亡命政府が置かれるインド北部の町ダラムサラに着いて気づくのはチベット人の幸せそうな笑顔だ。物質的に豊かでもなくひどい搾取を受けてきたのに満足してるのはなぜか?」と問う。「抗鬱剤など服用せずに、チベットの技法を実践しているからだ」
やはり「科学と精神についての国際会議」に出席したダライ・ラマは専門家ではなかったが科学への関心は強く、宇宙論、神経科学、物理学、量子物理学、現代心理学に仏教との接点があると考えた。「現実を見ようと努めるのが仏教徒の伝統的姿勢。科学が数学に基づいて追求するのに対し仏教は瞑想による真理の追究に主眼を置く。アプローチや方法が違っても現実を見ようとする点では科学も仏教も等しい」とダライ・ラマは語る。
これに応えるようにペティグリューが呼びかけた。「薬に頼ることだけが答ではない。学べることは確かにある。将来、世界はチベット仏教と科学の融合に向かうだろう」

▲参考資料:WIRED NEWS 7/22,2002
●TAMA-32掲載、FALL 2002